神様の完璧なプロデュース – 祝祭日の証 –

RAPTブログに出会い、神様に近づけるようにと走り始めてもうすぐ3年。

少しづつですが、自分の心や行動が良質なものへと変わり、心の底からやる気と喜びが湧いてくる、充実した生を生きられるようになりました。

もちろん今でも自慢できるような信仰生活ができているとは言い難いわたしなのですが(失敗も度々です…)、それでも御言葉通りに従おうと決心しておこなうのなら、神様は必ず報いてくださいます。

祝福を与えてくださいます。

人間の知能だけでは何か楽しいことをしようとしても限界がありますが、神様の与えてくださる祝福はそれとは全く比較になりません。

本当にその人に必要なものを真心を込めて与えてくださいます。

それこそRAPTさんのように、神様をどこまでも愛して、命がけで多くの人を救うなら、全人生、全ての面において(霊的にも肉的にも満たされて才能が開花)どこまでも豊かに祝福してくださいます。

RAPTさんはその祝福を「まるで天国にいるようだ」と仰られます。この世で一番、イルミナティや霊的サタンに妨害されているにも関わらずです。神様が全力で守ってくださり、心を満たし、全てに報いてくださるからですね。

人間の頭では絶対に考えつかない、どこまでも深い愛に満ちた壮大な祝福。心の奥の奥にある願いまで叶えてくださり、心の隅々まで愛で満たしてくださる神様からの祝福はどれほどの幸福でしょうか。

RAPTブログの偉業や、有料記事の御言葉は、人間の頭ではとても考え出すことができない高い次元のものです。

その人生や神業を目の当たりにすればするほど、RAPTさんが愛と正義の神様から導かれている神の人であると確信するしかありません。

自分はまだまだ、神様の偉大さや凄さを皆さんにお伝えするのにはあまりに力不足です。でもいつか自分も全人生で証したいです。そう願いながら、今日は神様と過ごした記念日の体験、一生忘れられない神様からの贈り物について綴ってまいりたいと思います。

どうぞお付き合いお願いします^^

主の祝祭日

毎年11月11日は、神様と出会えたことに感謝してお祝いする特別な日です。

神様とともに、普段行かないところへ行き、普段しないことをして、恵み深い感謝の時間を過ごします。

特にこの日は、神様がサタンの攻撃から強力に守ってくださるので、霊的にも肉的にも恵みに満たされて過ごすことができます。

逆に言うと、この日にネガティブなことが起こるなら、それはサタンのせいではなく、神様の裁きか自分の弱点や欠点からきたものであるということ。

なので、神様からその年の成績表を渡していただける日とも言えるわけです。

ちなみにわたしの1年目の成績表は、目も当てられないほどの赤点でした。

しかしサタンのせいにしたり、他の誰かのせいにできない分、自分の欠点と真正面から向き合うことができたように思います。

欠点を少しずつ克服して自分が生き易くなっていることに気がついた時、厳しさの裏にある神様の愛の業を知り、感謝が溢れるのです。

悪人への神様の裁きはただの不幸でしかありませんが、神様を求める人・義人ヘの神様の裁きは愛ゆえということなのです。

——————

そして本題、今年の祝祭日です。

正直に言うと・・・全く自信がありませんでした。

祝祭日までの1ヶ月、主の御心を何ひとつとして形にできずにいたからです。

じつは今年の2月に、『11月11日の祝祭日までに伝道ブログかYouTubeを始めよう』と目標を設定していたものの、能力不足やPCの知識不足(Appleへの乗り換え等)、また自分の弱さもあり、準備を進められずにいたのです。

ところが10月になり霊的なサタンの攻撃が激しくなったのをきっかけに、一旦立ち止まって、自分のできる伝道について真正面から考え直すことになりました。とにかくお祈りで神様に相談しました。

情けない話なのですが、この攻撃がなければ、「まだ実力がないから」とブログやYouTubeの開設を先延ばしにして、今年の目標をおざなりにしていたに違いありません。

しかし祝祭日の前日に目標が叶いました。

主はわたしが祝祭日までにステップアップできるように、背中を押してくださったように思います。(まだまだ下手くそな文章で大変お恥ずかしいのですが、じつはこの1ヶ月間文章力関連の本を読み漁っていました。)

サタンの攻撃を受けているときは、神様の愛が感じられなくなることも確かにありましたが、攻撃が止んだ時、神様がずっと見守り導いてくださっていたことを実感し胸が熱くなりました。

とはいえ、神様から裁かれなかったら目標を妥協してしまっていたし、ここ1ヶ月はTwitterでの情報拡散も全くできずにいたので、祝祭日の成績表は赤点覚悟だったのです。

二週間遅れの紅葉と霧の風景

そういうわけでして、祝祭日の計画は当日の朝、考えることに。

行き先は、神様に明け方のお祈りで相談させていただいたのですぐに決まりました。20分ほどネットで調べたでしょうか。

栃木県日光市の霧降高原への日帰り旅行です。

滝を見たあと、近くのレストランで食事(ちょっと奮発)して、現地の日帰り温泉があればそこに立ち寄ろうというようなスケジュールです。

夫も仕事を休んでウキウキ嬉しそうです。

車に乗り込み、二人で賛美をしながらドライブ。途中サービスエリアに寄り、霧降高原にある「霧降の滝」に到着しました。

しかし・・・滝を見に行こうとした途端、パラパラと雨が降ってきて、お天気が降り坂に。

この世の万物をつかさどる神様の祝祭日。何かしらの意味がありそうです。

『やはり神様から裁かれてしまったかもしれない。どうせわたしなんか・・・。』

一瞬そう思って、少し凹んでしまいました。

夫は気にも留めず楽しそう。

祝祭日はサタンからの攻撃がない日なので、このネガティブな感情はわたしの中から出たものです。つまり言い訳できないわたしの欠点です。

  • すぐに落ち込む。(敏感なのはいいかもしれませんが落ち込むのは違いますね)
  • 『自分なんか神様から愛されていない』というサタン的な考え。

これは疎外感という心の罪です。

めんどくさいタイプの女性によく見られるやつですね。自分にもこの罪が残ってました。

人は何か辛いことがあったとき、よく心いじけます。

そのネガティブな心の罪「疎外感」こそ、サタンと強烈に波長が合ってしまう罪なのです。サタンがサタンになったルーツがこの「疎外感」にあるからです。

詳しくはこちらをご覧ください。

なのでこの罪を取り除かなくては、この先、生き残れません。神様の愛する人間をどこまでも憎んでいるサタンは、義人がこの罪に囚われるなら、ここぞとばかりに群がってきて、霊的な救いを奪おうとします。(この罪に限ったことではありませんが)

わたしもこれまで何度もやられそうになりましたが、RAPTさんが神様から練達を受けられている期間、どのようにして疎外感を振り払ってこられたのか語られている御言葉を聴き、何度も助けられてきました。

こちらがその有料記事です。心に刻み付けている御言葉です。

朝会は2018年6月21日です

「例え神様が愛してくれていなくても、わたしは神様を愛します」

RAPTさんの神様へのまっすぐな愛が語られています。

見返りがなくても愛するという愛と、ひたすらな努力。

そして神様こそが、この愛を最も実践されてこられたお方です。

創造主であられるのに、愛する人間に悪口を言われ、神様の存在を否定されたり、サタンや偶像を神として崇められたり、神様が遣わした大切な義人たちを殺されたり、人間へ贈ったラブレターである聖書の悪口を言われたりしたのに、それでも希望と喜びを忘れず、ずっと人類を救おうと全力で努力しつづけてくださったのです。

愛が返ってこないどころか、仇で返されたのに、それでも心いじけることなく、感情に溺れることなく、ずっと私たち人間を救おうとしてくださってきたし、今も全力でそうしてくださっています。RAPTさんはこのような神様の心情と深い深い愛のことを誰よりもご存知なのです。

わたしのこの疎外感は、どんだけゴミなんだ・・・。(しかも自分自身の努力不足によるものですからお話になりません)

霧降高原の冷たい雨にうたれながらこのようなことを考えて、疎外感を吹き飛ばしました。

しかし気持ちとは裏腹に、峠の先にある滝へ近づけば近づくほど雨は強くなっていきました。

そして滝がよく見渡せる観瀑台に到着するなり、なんと雨が本降りに。

・・・・。

しかし、心配ご無用でした。

観瀑台より。ちょっと霧が分かりにくいですが、肉眼で見ると霧が湧き上がるように発生していました。

神様は“冷たい雨”も予め計算して、この日を完璧にプロデュースしてくださっていたのです!

「そうか。神様はこれを見せてくださろうとしていたんだ!」

滝と森全体を俯瞰できる観瀑台に到着してみると、目の前には想像を絶する風景が広がっていました。

本降りになった雨が霧となって地面から一気に湧き上がり、まるでドライアイスに水をかけた時のように水蒸気が地形に沿って滑らかに上へと広がっていきました。

それはもう息を飲むほどの幻想的な美しさでした。

現地の方に聞いたのですが、「霧降」と言う名の通り、この地はよく霧が発生するそうで、紅葉が全く見れなくなってしまうことも多いとか。

しかしこの日の霧は、紅葉も霧も楽しめるちょうどいい量の霧で、風景としては超ベストな状態だそう。いつもこの風景を見てらっしゃる近くのレストランの従業員の方も、仕事を置いて写真撮影をしていました。

近くのレストランから撮影。紅葉の季節の日光は大変混雑するのですが、この日は驚くほど空いていました。

霧降の滝に到着するちょっと前、シンプルな山道なのに何故か車で道に迷って予定より到着が遅れてしまったのですが、それが功を奏したかのように「霧のショー」をちょうどいいタイミングで見ることができました。

この冷たい雨による有益はこれだけではありません。

雨のおかげで紅葉の色が一気に鮮やかになったのです。乾いた木々の葉に水分が含んで、発色が良くなったのかもしれません。コントラストも上がったように感じました。

観瀑台より撮影。ちなみにこの写真に写っている方はレストランの従業員の方ではありません。

あとで地元の方に聞いて驚いたのですが、毎年この時期は、霧降の紅葉はとっくに終わってしまっているとのこと。

今年は2週間遅れで前日からやっと紅葉らしくなってきたというのです。

もちろんそんなこと全く知りませんでした。というか知る由もありませんでした。

本当に11月11日の主の祝祭日に合わせたかのようなタイミングです。もちろん神様がしてくださったことでしょう。

この絶景が見れたのは、冷たい雨のおかげであり、神様の緻密な計画があったからこそです。

夫婦二人で押し黙るほど、じわじわと感動が押し寄せました。

「絶対に神様だ」

雨のせいで凹んでいたわたしは何だったのかと・・・ふと笑ってしまいました。

そして、RAPTさんに教えていただいたことを思い出し(2019.7.22の朝会)悟りました。

「神様を1mmだって疑ってはいけない。困難にあったとしても最後まで行くなら、必ずその意味が分かる。想像を絶する祝福に変わる。だから落ち込む必要などない。」

これまでの人生でも落ちこむようなことがあると、いちいちフリーズしてしまっていたわたし。(時には引きこもることも)

これが人生の発展や自分の成長を阻害していたのですよね。

落ち込むのではなくて、より良くなるように努力し、希望をもって前へ進めば良かったのです。

RAPTさんが全人生で、その道の先にある素晴らしい祝福を見せてくださったのですから。

やっと分かった気がしました。

神様がくださった生き抜くための”悟り”という武器。

感覚すべてに伝えてくださった、神様プロデュースの緻密なサプライズプレゼントでした。

スープと温泉の格別さ

ズブ濡れになり身体が冷え切ってしまったわたしたち夫婦は、霧降の滝が見渡せる近くのレストランへ。

予約していたのですが、ほとんどお客さんが来ず、最後まで貸し切り状態でした。(増税の影響がありそうです)

そして落ち着いた雰囲気の中、夫と二人、先ほどの奇跡を興奮気味で振り返りつつ、神様を讃え、普段食べない贅沢な食事を楽しみました。

冷えた身体に温かいスープ。この一口目の美味しさについては説明するまでもありませんね(笑)温かさと優しい味が身体に染み渡りました。

しかも目の前には、晴れ間と絶景。

中国人観光客にも全く会わず・・。とにかく空いていました。

その後に行った立ち寄り温泉(小規模)でも、お客さんがひとりも居なくて、のんびり過ごすことができました。

温泉が冷えた身体の芯まで染み渡ります。

湯船でひとりきり、神様に思う存分感謝して、苦しかったここ1ヶ月のサタンとの闘いのことを思い出していたら涙がこぼれました。神様はいつだって側にいて見守り続けてくださっていたのだと痛感したからです。

神様のくださる温かさは、本当に格別です。

日帰り温泉施設で飼われている”お手”ができる猫ちゃん。ちなみにわたしは猫好きです。細部にまで神様のプロデュースが行き届いていました!

夜景と星空と上書き保存

温泉のあとは、受付の方が勧めてくれた霧降高原の夜景&星空スポットに急遽行ってみることに。この日は何をするにもスムーズにことが運びます。

日光市霧降高原のキスゲ平園地というところなのですが、神様は祝祭日の終わりに、とてもロマンティックな風景を見せてくださいました。

寒さも忘れてずっと眺めていられるほどです。

日光市霧降高原 キスゲ平園地より撮影。

神様はわたしたち夫婦の好みを計算し、大小様々な楽しみを用意して、心も身体(霊も肉)も恵みで満たしてくださいました。

ここ日光は悪魔崇拝者たちが多くいる土地です。

ここからは彼らが拝んでいる北斗七星(彼らは偶像以外にも月や星なども崇めます←何も意味ない)まで見えます。

だから最初は何故ここなのだろうと少し不思議に思いました。

詳しくはこちらです。

でもここへ立ってみて分かりました。

悪魔崇拝者たちが栄えたこの日本は、各地にそのような場所が溢れています。

しかしRAPTさんが現れてから、各地で神様を愛する義人たちが心からの祈りを捧げ、義を行い、また神様と忘れられない思い出をたくさんつくるようになりました。

今は時代の転換期です。

RAPTさんはイルミナティたちの滅びは目前であると伝えてくださっています。そして実際、その御言葉通りにイルミナティたちはこれまでの時代では考えられないほどのスピードで弱体化していっています。(安倍政権ボロボロ過ぎて醜態が隠せなくなっていますね)

キリスト教を内部から破壊して、正しい教理をねじ曲げ骨抜きにして、本物の神様のことを人類に隠し続けてきた悪魔崇拝者たちの繁栄はもう終わりです。

だからこれから地上には、悪魔崇拝者ゆかりの地よりも神様と義人との思い出で上書き保存された土地の方が増えていき、地上がどんどん清められていくのだろうと思います。

そして、そのひとつひとつの思い出は今は小さくても、将来神様の壮大な義の歴史の一部となって、大きく広がっていくのだろうなと思いました。

地球全体に神様と神様を愛する義人たちとの思い出の場所が溢れるようにと祈って、家への帰路へと着きました。

最後に

人生に雨(艱難苦難)はつきものです。でも御言葉通りに全人生を生きるのなら、その雨を神様は必ず全て有益に変えてくださいます。

RAPTさんは全人生を通して、人間の頭では絶対に想像できない神様の大いなるお導きとその御力をはっきりと見せてくださいました。

人間や天地万物を創造し、一人一人の心の奥の奥までご存知で、全てをつかさどる神様に、自分に合った人生を完璧にプロデュースしていただけることがどれほどの幸いか。

自分自身の輪郭さえもきちんと把握できていない人間が、自分の力で人生を生きたところで限界があります。

無駄な努力をして報われずに人生を終えるのか、神様から導かれながら本当に必要な努力をし報われて、永遠の愛と命を手に入れるのか。

恐ろしいほど大きな違いです。そしてこれはどんなにお金を積んでも絶対に得られるものではありません。

どうか、困難の中にいる人や苦しんでいる人がいれば、救いの道が目の前にあるのだということを知ってください。

気休めではない本当の希望は、真実の中にこそあります。

そして兄弟姉妹の皆さん、どんなに艱難苦難があったとしても、その先には想像を絶する神様の祝福が待っているのだと信じて、最後の最後まで一緒に走り抜きましょう。

エンドロール -霧が降る-

音楽に合わせて映像制作してみました。

お時間のあるときに見ていただけたら幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございまいました。

皆さんに、主の祝福が豊かにありますように。

2019-12-12|タグ: , , ,
関連記事

    関連記事はありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です